フェミニズムとFワードの呪い
この数日の間に、賢い女性たちとの会話の中で、何度かフェミニズムのスティグマ(汚名)が話題になった。フェミニズム、という言葉に、ブルッと身を震わせる男たち、女たちのことがが。
私もかつて、フェミニズムを怖いと思っていた。フェミニストたちが怒る姿に恐怖感を抱いたりもしていた。それは自分が置かれた環境が、フェミニズムを掲げなくても生きてける場所だったから。が、こうやって毎日、いまだにヒドい行いをしている人たちが権力の中枢に座っている事例を見せつけられると、自分は甘かったと思わざるを得ない。
フェミニズムが存在するには理由があるのだ。が、フェミニズムに正当性があるからといって、人々がFワードに感じる嫌悪感を無視するわけにはいかない。フェミニズムのネガティブ・イメージをどうやったら変えられるのか。
オンラインでリサーチしていたらおもしろい記事を見つけた。要約するとこんな話だ。
あなたが素敵な車に乗っていたとしましょう。あなたの必要なもの、すべてを兼ね備えた素晴らしい車です。ところが人口の半分に、あなたが手にできるような車を持つ権利を与えられていなかったとしたらどうでしょう? 車はたくさんあります。全員に行き渡ってもあまるくらいの車が。それなのに車を持つことが許されていない人たちは、車を持つ価値のある人間だということを証明しなければならないのです。フェミニズムは、男に生まれたというだけで与えられた特権について考えてほしいとお願いすることです。
怖くない。フェミニズムはこうやて説かれなければならないのだな。
Yumiko Sakuma