スタンダード・ブックストアのこと
大阪のスタンダード・ブックスで3回めのトーク・イベントをやった。いつも何の打ち合わせをしなくても話が弾むので油断してしまい、京都から大阪の移動にまごついてスタート2分前に飛び込むという情けない展開になったものの、やっぱり店主の中川さんとのキャッチボールも楽しいもので、あっという間に2時間が終わってしまった。
終わってから、一杯呑みましょうかという話になって、呑み屋で今のスタンダード・ブックスを閉める、という話を中川さんに伺った。告知の準備をしてるという話だった。そして数日前に、中川さんがそれを発表した。
スタンダード・ブックストアは、5年前に「ヒップな生活革命」を出たとき、東京の外での初めてのトークイベントに呼んでくれた本屋だった。そもそも本を出す、という経験自体が初めてだったし、今思えばけっこうな緊張状態にあったと思う。どういう人が私の本を手に取ってくれているのか、どういう人がわざわざ自分の時間とお金を使って話を聞きにきてくれるのか、まったく想像の範囲できないまま行ってみると、遠くは金沢から、また大阪の周辺からわざわざ来てくれた人がたくさんいて、心底びっくりした。そして、質疑応答のときには対応しきれないほどの手があがった。本を書いて本当に良かったと思った。
おまけにスタンダード・ブックストアは、「ヒップな生活革命」を一番多く売ってくれた書店のひとつである。2014年7月に出版されて、11月にイベントに行くまでの間、1日1冊以上売ってくれた、と教えられた。店主がオーディエンスから圧倒的な信頼を置かれている、そんな本屋があることも知らなかった。3冊の本を出した今なら、それがどれだけ大きなことなのかがよくわかる。
本屋が閉まる、というニュースを聞くことにはすっかり慣れたつもりでも、無数のの作家や読者家たちに愛されたスタンダード・ブックストアが閉店する、ということに、多くの人たちがショックを受けている。スタンダードが閉店する理由は、ビル自体が店子を一掃しようとしているということだ(最近、書店以外でも、こういう話をよく耳にする。理由は取り壊しとか、売却とかそういうことだ。これについてはまた別に思うことがあるのでまたの機会に)。店が立ち行かなくなった、という話ではない。けれど、サイトに「ベストセラーはおいていません」と大文字で書いた本屋が、今まで、あれだけの店舗面積をここまで維持してきたこと自体が奇跡なのかもしれない。中川さんと話をしていて、ご本人も、あれだけ店舗面積の大きい店、カフェを併設した店をやり続けることに、違和感を感じていたのかもしれないなという印象を受けた。そして中川さんは、今、立ち呑み屋を併設した店をやりたい、と言っている。予定してないことが起きたわけだし、次の店の開店資金もない。クラウド・ファンディングをやるという。
出版不況、本屋が元気がない、という話を聞くようになってどれだけの時間が経つだろう。大きな店でもいろんな工夫をして活気がある店もあるし、小さい規模で丁寧に、手の届く範囲のオーディエンスを相手にやっている宝石のような店もある。少し前まで「今の人たちは、店の人と会話をできるような小さい店を求めているようになったのかな」などと思っていたが、今元気な店を見ると、大小問わず、どこもいろんな微調整をしながら生き残りをかけて頑張っている。どれがいい、どれがうまくいく、というフォーマットはないのだと、今は思っている。定型の方程式をやれば人がくる、そんな時代はとっくに終わったのだ。
それにしてもスタンダードの閉店を出版不況と結びつけるのは浅はかだ。そういえば、中川さんと呑んだときにも「人は勝手なことをいいますよね」と笑っていたことを思い出した。しょうがない、世の中に対して発信していくということは、あれこれ言われるということなのだ。ちなみに中川さんは、そんなさなかに、出したばかりのzineを30冊注文してくれた。だから「スタンダード・ブックスストアの終わり」を論じることは尚早ですよ、みなさん。小さな力だけれども、10冊は、寄付させてもらうことにした。
私にとって、店というものは、そこにいる人がいて初めて愛することができる対象になる。私にとって、スタンダードは中川さんだった。だからきっと、中川さんが次にやることがなんであれ、きっとまた会いに行くと思う。